・横浜市民を生み出す装置③地域副読本『わたしたちの横浜』
みなさん覚えていらっしゃいますでしょうか。小学校3・4年の社会科・理科では住んでいる地域を題材にした「地域学習」が行われています。「まちたんけん」とか「住んでいるまちの地図をつくってみよう!」とかやるアレです。今横浜で行われている地域学習は「横浜の時間」と呼ばれているそう。
そしてこれに対応するために各自治体で作成されているのが地域副読本『わたしたちの横浜』。
内容を見ていきましょう。
まず見開きが「みなとみらいへでかけよう」という、みなとみらい地区のイラスト背景に「横浜市歌」の歌詞を掲載したページ。
右上の「青い風にのせて/あの子が笑い/よこはまの港に/150年後のみらいがきた/遠い海から吹く/風にのせて/明日はだれがやってくるかな」とかいういうポエムも効いています。
この見開きが象徴的なように、内容を見ると「”地域”副読本」の体裁をとりつつも、やはり「港町横浜」推しであり、扱われている地域としても明らかに中区のみを扱ったと思われるページが4分の1弱を占めているんですよね。『わたしたちの横浜』を使った地域学習の時間は、地域性よりも横浜市全体としてのアイデンティティを共有させるものであるといえるでしょう。
また、文言にも何らかの意図を感じる部分があります。
1章「大好き横浜」では横浜開港後から150年間の主な輸出品や横浜市の国際姉妹都市が紹介されていますが、「横浜は、国際文化都市、国際観光都市として広く世界に知られ、」「わたしたちがくらす横浜は、世界でも有名な港町です。」という、横浜の国際性や「港町」イメージを助長するような文章が多数見られます。
確かにかつてはジュール・ヴェルヌ『八十日間世界一周』でも登場するなど「世界でも有名な港町」であった横浜ですが、その後どんどん凋落しており、実は貿易港としても海外からの知名度は高くありません。また、「日本らしさ」に欠け、観光地候補からも外れてしまいます。留学生の友達にも話を聞いてみましたが、東京観光をして時間が余ったから寄ろうかな、くらいの認識のようでした。
それでも子どもの絶対である教科書が「世界でも有名な港町」だと言えば子供はそういうものだと理解します。このような文章で、市民に「国際的な港町横浜」というイメージがまたまた刷り込まれていくわけです。
・わたしたちは文化装置を通じて横浜市民になった
「想像の共同体」という言葉があります。
べネディクト・アンダーソンという有名な社会学者の唱えた概念で、「国家」などといった概念は想像されたものである、というのです。たしかに国家というものは目に見えるものではなく、日本だのアメリカだのがある、というのが決まりだからそんな気がしているだけであり、国境などは人が勝手に決めたものです。
そんな私達がいかに自分の国に所属しているかを感じるのか、というと、国語や共通の歴史、国歌といった文化を共有したり、オリンピックやワールドカップで自国を応援したりという経験によります。
現在でも国への帰属意識や愛国心が強い、あるいは強化を図っている国で特にこれらの文化的装置は大切に扱われています。例えば、アメリカ。いわば人工的に建国され、人種としての「アメリカ人」が存在しないアメリカでは国歌を歌う機会が非常に多く、学校の集会ではもちろんのこと、公の場や野球場などでよく歌われています。公立校の生徒は毎朝始業時に星条旗に向かって起立・敬礼し、「忠誠の誓い(pledge of allegiance to the flag of the United States)」を暗唱させられたりもしているのです。
また、戦後の高度経済成長を支えるために外国人労働者を多く受け入れたことで現在4人に1人は祖父母のいずれかが外国人といわれるフランスもまた移民大国ですが、建国記念日に当たる「革命記念日」にはシャンゼリゼ通りで大統領立ち会いのもと国歌の演奏や空軍のアクロバット飛行、軍事パレードが行われるほか、全国的にダンスパーティーや花火大会が行われ、国を挙げたお祭り騒ぎとなります。
このように、人種としては多様であっても文化を共有することによって各々が心の中にアメリカを、フランスを形成し、「国民」としてのアイデンティティを獲得してゆくわけです。
さて。
こう考えてみると、横浜には「国家」レベルで所属意識を高める文化装置が散りばめられているのにお気づきではないでしょうか。
横浜港について歌った歌を繰り返し「横浜市の歌」として歌わされたり、「自分の関係する港が開港した日」だからこそ得られる休日を得たり、港中心の地域教育を施されたりする中で、心の中に「自分の所属する港町」が形成され、所属意識が生まれます。
そしてそれは、わたしのような田舎に住む市民に対しても愛市心を育てるのにめちゃめちゃ有効なわけです。海なんてはるかかなたのキャベツ畑でも、「されば港の数多かれど この横浜にまさるあらめや♪」と何十回も歌っているうちに、「ここは港町……。私たちの横浜、最高じゃん……。」というお気持ちになってきます。全く関係のない土地にやってきた移民が国歌を歌ったり、建国記念日を祝ったりしながらアイデンティティを獲得していくのと同じです。
また、上では教育方面メインでお送りしたため書ききれませんでしたが、横浜には横浜DeNAベイスターズと横浜F・マリノスという市民人気の強いスポーツチームがあることも強いですよね。オリンピックやワールドカップを応援することで愛国心が増すように、観戦しながら愛市心ましましなこと請け合いです。(ちなみにベイスターズは応援歌のひとつとして横浜市歌を採用しています。)
そう、国歌としての「横浜市歌」を歌い、建国記念日としての「開港記念日」を祝い、「国史」としての地域教育を受け、わたしたちは「愛市心」に満ちあふれた立派な(?)「横浜市民」になったのではないでしょうか。